霧島神宮駅前の観光団
昭和37年3月、霧島神宮駅に押し掛けた観光団。当時の紙面は「駅は乗降する観光客で大にぎわい。東京や大阪など、各方面から団体客二万人がおとずれ、例年の二、三割の増。駅長もうれしい悲鳴をあげている」と報じている。
南日本新聞に掲載された過去の写真を紹介するコーナーです。
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2008年7月14日(月) 更新霧島神宮駅前の観光団昭和37年3月、霧島神宮駅に押し掛けた観光団。当時の紙面は「駅は乗降する観光客で大にぎわい。東京や大阪など、各方面から団体客二万人がおとずれ、例年の二、三割の増。駅長もうれしい悲鳴をあげている」と報じている。 旧東国分村役場昭和26年、旧東国分村の役場。当時の紙面によると、同村は五十町歩(約50ヘクタール)でタバコをつくり、品質がよいのが自慢。「特殊な“炭焼ガマ”で木炭も製造している」と伝えている。 特攻機発進の地記念碑昭和40年1月、旧国分市の特攻機発進の地記念碑。紙面によると「昭和二十年に国分基地から出撃した特攻隊員の母と兄弟が、隊員の最後の足跡を残した同基地の土を踏み、二十年ぶりの念願を果たした」と伝えている。 2008年7月7日(月) 更新吉松操車場昭和39年、旧吉松町の吉松操車場。当時の紙面によると「同町は国鉄関係職員が多く、家族を入れると人口七千六百人の約四割が国鉄関係者。一日に貨車二百両が吉松駅から発着し、三百五十両を中継する鉄道の町だ」と伝えている。 妙見温泉の鉄橋昭和43年8月、旧牧園町と旧隼人町の妙見温泉郷にかかる鉄橋。当時の紙面は「“一年に二度流される”といわれた粗末な木橋に変わり、雨・風にびくともしない鉄橋が完成。妙見名物が一つ増えたと地元民は大喜び」と報じている。 20 queries. 0.082 sec. ![]() 新聞社合同サイト
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