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懐かし フォトギャラリー
南日本新聞に掲載された過去の写真を紹介するコーナーです。
3月のテーマは「1985(昭和60)年の10大ニュースから」。
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2010年3月10日(水) 更新

ベトナム難民3000キロ漂流、カメ食べ飢えしのぐ

昭和60年7月20日、3000キロ以上の漂流の末、救助されたベトナム難民は骨と皮だけにやせ細っていた。紙面では、難民が乗っていたボートは長さ10メートル、幅1.7メートルの木製。巡視船の乗組員が救助のために乗り移ると、難民たちは横たわったままで体を動かすこともできなかった。落ちくぼんだ目だけが大きく見開き、安どの表情が浮かんだ。エンジンルームの上にはカメの腹の一部が放置され、足だけでも15センチもあったらしく『ウミガメをつかまえて食いつないできたのでしょう』と乗組員。脱出当時は20人以上乗船していた模様−と伝えている。


2010年3月7日(日) 更新

屋久島南海上でベトナム難民収容 鹿児島新港に到着

昭和60年7月20日、屋久島南海上で救助され、巡視船「せんだい」に収容されたベトナム難民9人が鹿児島新港に搬送。当時の紙面では「難民のうち男性4人のうち1人はすでに死亡。女性が5人。男女各1人が脱水症と尿毒症を併発。生命が危ぶまれたが、徐々に回復している。同港に到着した難民は全員やせ細り、衰弱しきった様子。タンカで救急車に移され、南九州中央病院に搬送された」と報じていた。


金鉱石650トン積み“宝船” 加治木を初出港

昭和60年8月27日、菱刈鉱山の金鉱石専用運搬船が加治木港から出港。紙面では「同鉱山から掘り出された金鉱石の初めての積み出し。約650トン、時価1億3000万円相当を載せた“宝船”は海路320キロを経て、精錬所のある愛媛県新居浜市の東予港に27日夜入港する。住友金属鉱山の精錬所で熔解、電気分解などへて約3カ月後に金地金に精錬される」などと報じていた。


2010年3月3日(水) 更新

これが金鉱脈 白色の「太い帯」初公開/菱刈鉱山

昭和60年11月、菱刈鉱山が坑道内を公開、撮影された“世界一”の金鉱脈。当時の紙面では「金の平均含有量がトン当たり162グラム。世界一の金鉱脈といわれる菱刈鉱山が、初めて報道関係者に坑道内部が公開された。脈幅2.5メートルの特大金鉱脈は坑道口から180メートル直下。黒っぽい緑色の凝灰岩の中を、滝のような白い太い帯が走っており、この金鉱脈に巨大な削岩機が突きささっていた」などと伝えている。


2010年2月28日(日) 更新

姶良が初優勝、沖縄健闘日間2位でゴール/第17回鹿児島県下一周駅伝

昭和45年2月18日、県下一周駅伝最終日は姶良がトップでゴール、念願の初優勝。当日の夕刊紙面では「優勝の行方はどたん場まで決まらず激戦となったが、姶良チームが各区間をよくがんばり、最終走者・谷口選手がトップで本社前(旧社屋・鹿児島市易居町)ゴールにとび込み(中略)初めての優勝が決まった。(中略)沖縄チームはこの日も力走を続けて2位でゴール、総合成績も6位となった。ざっと1万人の人がつめかけ、次々とゴールインする13チームに拍手をおくった」と伝えている。


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