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'08/08/08 本紙掲載 
 2回戦で鹿実と対戦

   就任6年目の宮崎商・浜田登監督に聞く

第90回全国高校野球選手権大会第9日の10日、鹿児島実と2回戦で対戦する宮崎商(39年ぶり4度目)。初戦突破は4強入りした1964年以来、実に44年ぶりだ。監督就任6年目で、古豪の母校を甲子園に導いた浜田登監督(40)に、ここまでの道のりを聞いた。

(運動部・堀 巨)

野球通して人づくり/3年かけグラウンド再生

 −監督就任後、何を心がけた。
 「宮商野球部の伝統は、徹底したグラウンド整備だった。しかし、久々に見た母校のグラウンドは土が死んでいた。涙が出た。海砂をそのまま補充しているから貝殻が落ちていた。ブルペンには腰の高さの雑草が茂っていた。まず、グラウンドを再生することから始めた」

 −具体的には。
 「毎日、雑草を抜いた。そして土と砂をふるいにかけて、グラウンドの土を入れ替えた。納得いくグラウンドになるまで3年間かかった。今は練習後に毎日、レーキで土を耕し、とんぼも2回、満遍なくかけている」

 −ほかに変えたところは。
 「監督就任時、選手はバラバラのTシャツを着て練習していた。同じ服装でなければ、チームの一体感は生まれない。3年はグラウンド整備をしていなかったので、これも全員でするように変えた。野球がうまいだけではダメだ」

 −鹿実野球部も全員でグラウンド整備する。
 「鹿実も礼儀正しく、人づくりを重んじる学校だと聞いている。久保先生の教えが脈々と流れていると感じる。野球を通じて、人として大切なものを選手に学んでもらいたい」

 −そういう教えが甲子園につながった。
 「今年は宮商の部活動が9つ、インターハイに出場した。多くの部が全国制覇を目指しており、学校全体に活気があり、野球部員にいい刺激を与えてくれた。感謝している」

 −鹿実とは5月の練習試合で対戦した。
 「初回に大量点を取られて負けた。でも互いにエースは投げていない。その縁もあり、準決勝前に宮下監督に電話で相談した。鹿実が県大会決勝で、ベンチとスタンドが一体となって鹿児島工を破ったと聞き、その秘けつを教えてもらおうと思った」

 −抱負を。
 「いろんな人に支えられて今の宮商野球部がある。そのためにも、1つでも多く勝って恩返ししたい」
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