<寄 稿>
人を裁くって

~99~

供述調書はこう使われる

裁判員裁判が始まる前は、ちょっとした事件で裁判の証拠に使われる供述調書類は、積み上げれば1メートルにもなった。

それが裁判員裁判では「裁判員に大量の調書を読ませるわけにはいかない」として1人につき1通、せいぜい2通に限られる。

多くの調書が作られても、法廷には出てこないわけで、裁判員の前に出されるのは、取り調べの最後に、法律家である検察官が有罪をかち取るために必要なことだけをえり抜いて構成した「仕上げの調書」だ。

冤(えん)罪事件なら、犯人ではないことを示す細かい事実、もし犯罪自体は間違いないとしても、背景や細かい事情は洗い流されて「被告の犯行」を確実に描く骨だけになる。

ベテランの刑事弁護士たちは「これは調書じゃない。検察官の意見書だ」と言うが「要領よくまとまっているから審理時間を短縮するには便利」として使われている。

裁判員になったあなたが、法壇の上、裁判官の横に並んで公判が始まる。

検察官が起訴状を読み、続いて冒頭陳述。多くの検察官が法廷の、ディスプレーにカラー分けしたり図を入れたりして映しながら読みあげる。「犯行の日、被告人は金がなくてパチンコもできないところから、どこかで強盗でもして金をつくろうと…」。裁判員から「分かりやすい」と評判がいい(技術のない弁護士の冒頭陳述は「分かりにくい」と言われることが多い)。

続いて供述調書などの書証を1部ずつディスプレーに映しながら読みあげる。「私は金がなくてパチンコもできないところから、どこかで強盗でもして金をつくろうと…」。冒頭陳述と違うのは、主語が「被告人」か「私」かだけで、ほぼ同じことが繰り返されると、聞いている裁判員には二重に印象付けられることになる。

「取調官の作文」と呼ばれる供述調書をこんな形で直接証拠に使う国はない。また陪審制度の法廷では裁判長が「冒頭陳述は証拠ではなく、当事者の主張です」と、しっかり区別するように注意するが、日本ではこうした「説示」はされない。

現在の刑事裁判は、供述調書の内容=事件の内容と二重写しで進む仕組みになっている。ということは、裁判官と裁判員が「供述調書が信用できない」と考えると、検察側が組み立てた「その事件」が崩れる。

このコラムの96で書いた水戸地裁が殺人を傷害致死罪に変更した判決も、6月9日に東京地裁立川支部が、起訴された3件のうち1件を無罪にした判決も、検察官がそのための証拠として出した供述調書が否定されたから出された判決だ。

事件=供述調書。裁判員になる皆さんは、こんな日本の裁判の特殊な仕組みを知って、だから、出されてくる供述調書がその人の本心からの肉声であるかどうかを、普通の市民の感覚で判断してほしいのだ。

'10/06/25 掲載 

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