仕事柄出張が多いので、スーツケースは必需品だ。デビューしたての20年前ごろは、手提げボストンバッグが主流で、コロコロとキャリーバッグを使う人は少数派だった。けれど使ってみると重力が分散されてあまりにも楽なので、今は亡き父にもすすめたのだが、「荷物くらい自分の手で持たんと。国内を旅するのに車輪のついたバッグを大げさにひきずることはなか」と言って、なかなか聞き入れてもらえなかった。当時、空港の荷物引き取り所のターンテーブルには似たようなボストンバッグがコッペパンみたいに回っていて、自分のを見間違えぬよう取っ手にハンカチを結んだものだったが、この方式をみんながやるのでどのバッグにもひらひらハンカチが揺れて自分のバッグを結局見失ってしまい、意外とハラハラした記憶も今では懐かしい。
初めてキャリーバッグを父が持った時、なんとも不器用に使っていた姿を思い出す。「パパ、犬を連れて歩くみたいに、ただ後ろに引っ張って歩けばいいのよ」と説明しても最後まで使いこなせなかった。重くても荷物は頑張って「持つ」もの、物を地べたに転がして運ぶのは横着もん…そんな概念から抜け出せない、昔気質(かたぎ)の男性(ひと)だった。
今やキャリーバッグで旅する姿はごく自然で、空港や駅に降り立つ度女性は若くなったものだとつくづく思う。以前は重たい荷物は夫が、その後ろを少し小さい荷物を持った妻が、というスタイルが定番だったのに、最近は夫婦それぞれ同じ大きさのキャリーバッグを引き、むしろ女性の方がさっそうと男性を誘導して、チケットカウンターやホームへ向かう光景を目にする。
デザインが良くなったせいか(!?)、年配の女性のパンツスタイルも随分すてきになったし、何より生き生きして見える。早朝便でも、女友達同士明るくおしゃべりしながら、おにぎりをパクパク食べて英気を養う姿など、私よりずっとエネルギッシュだ。今年77歳になる母もキャリーバッグを引いて、パンツスタイルで家族とのハワイ旅行を満喫した。
私の手元には大中小3つのキャリーバッグがあるが、久しぶりに大型のスーツケースを買い替えた。20年使いこんだものだったが兄家族にもらってもらえて、ホッとした。旧式なので滑りも悪くケース自体も重く、ハワイから戻る時車輪が壊れたそうだが、修理に出してまた使ってくれると言う。いつか手放す時が来るだろうが、大切にしてもらえて嬉(うれ)しい。
新品を手にして、スーツケースは荷物だけでなく、時を経て、想(おも)い出を運ぶものなのだと今さらながらに気がついた。










